先月、何年振りかでフランスへ旅に出た。
パリ、カンヌ、グラースと一週間ほどの旅だった。
しかし、この数年のコロナの影響もあって、
海外は以前よりもずっと精神的に遠い場所となっていた。
ロシアの上空を飛行できない為、飛行機は羽田からカムチャッカの脇を通って、
ほぼ北極の真上を通過し、以前の飛行時間より三時間ほど長く飛んだ。
人生は、よく旅に例えられる。
旅もまた人生と同じように困難が付きものだ。
そもそも、旅という英語の「TRAVEL」は、困難という意味の「TROUBLE」がその語源だという事を考えると、なるほどと、納得がいく。
でも、その困難の先に待ち構えている素晴らしい出会いや、心ときめく発見は、動き出さない限り決して得ることはできない。
昨年7月から書き出して、今年3月に完成した自作小説の中に、主人公がマドレーヌ寺院を訪れるシーンを描いている。
今回の旅で何故か訪れることとなり、大司教と知り合った。
マグダラのマリアの骨も見せていただき貴重な体験をすることができた。
小説を書きながらも、ひょっとして僕は予知夢を見ていただけなのかもしれないと、そう思った。